Sasakawa Yoshitaka

主な世界のカジノの導入、法制化・合法化の歩み

近年、カジノギャンブリングの合法化は世界的に顕著に広がりをみせており、外貨収入・観光事業の発展など各国において様々な背景からカジノは法的・社会的にも認知され、合法化した国や合法化に向けて歩み始めている国々もあるほどです。
それは、合法化によって得る「財政収入の増加」「犯罪の排除」などのメリットが大きく、また、近年に法制化・導入した国では導入前より治安が良くなった等、健全な娯楽レジャー産業のひとつとして認識されていると言えます。

【前述・要約】主な国のカジノ合法化の目的と理由

カジノギャンブリングを合法化に踏み切った主な国々のその目的、理由を以下にご紹介します。

◎違法カジノ排除

イギリス/1968年に賭博法が施行。
「ギャンブルはコントロールすべきであるが、禁ずるべきではない」と言う考え方からカジノを解禁。

オランダ/1967年に公社を設立。
違法・無法カジノの排除と国家歳入財源の確保の観点から公営カジノとして解禁。

◎経済的理由と組織犯罪の排除

アメリカ/1931年ネバダ州で合法化。
州財政収入の確保や少数民族の自活などがありますが、当時暗躍していた賭博による組織犯罪の排除も社会的に大きな要因と云われています。

カナダ/1976年アルバータ州で合法化。
社会福祉の財源を確保することと、隣接国(アメリカ合衆国)とのFTAによる競合が背景と云われます。

◎外貨獲得をターゲット

主なアジア諸国では、経済的効果を目的にした国が多いですが、その収入源のターゲットを外国人観光客にし、自国民や地域住民には利用制限をかけている。

韓国/1965年に合法化。
外貨獲得を目的に。一部は自国民が利用できるエリアもあります。

マカオ/1847年に合法化
マカオ住民の香港への移住引止め補償として解禁。

◎既存観光地に観光客利用の再促進

オーストラリア/1968年に開設。
オセアニアでは自然景観景勝地にカジノを誘致して新たな観光スポットを設け、既存観光地に更に観光客を呼び込むために合法化されました。

◎その他の背景

リゾート地・観光地の活性化/
アメリカニュージャージー州アトランティックシティー。

国家の歳入財源/
モナコ、フィリピン、オランダ

自治体の財政収入/
ドイツ、イタリア、アメリカ各州

雇用機会の創出/
マカオ、ミシシッピ州、ルイジアナ州

福祉の財源/
カナダ、コロンビア

過疎地域復興と州益の保護!民間公認と一部公認が混在するアメリカ合衆国

【カジノ合法化の背景】

アメリカがカジノを合法化し許可する背景には、過疎化した州地域の復興を目的とした「地域活性政策」と、カジノがある隣接州や他の州への金の流出を防ぐことを目的とした「州経済保護政策」の二面性からであると云われています。
カジノの法規制や運用ルールは州がその管轄権を持ち、それぞれに態様は異なりますが、47州(内、11州は一部のみ特例公認)で何らかのかたちでカジノを公認・法制化とされています。しかし、ハワイ州・ユタ州の2州では現在でもカジノなど一切のギャンブルが禁止されていますが、2州それぞれで禁止ついての解釈が若干異なるようです。

■ユタ州/カジノを含むギャンブル全面禁止。

■ハワイ州/合法的賭博がないとされていますが、「社交上の賭博(social gambling)」という範疇で解釈されたギャンブルがあり、禁止の対象外とされています。
しかし、2001年のアメリカ同時多発テロ以降、アメリカでの観光客の落ち込みはハワイ州にも影響し、その観光客の積極導引の手段としてカジノ合法化を検討しているそうです。

■1931年/ネバダ州がアメリカ初の合法化。
ラスベガスカジノの発展へとつながります。

■1976年/ニュージャージー州。
保養地アトランティックシティー限定でカジノを合法化。

■1980年代後半から他の州でも合法化。
ミシシッピ州のチュニカ(Tunica)などカジノによる経済発展する地域が誕生しました。

【インディアン・カジノ】

カジノ公認・法制化されている37州の内、アメリカ先住民自治区(以下、「インディアン自治区」)においてアメリカ先住部族のみカジノ経営を特別措置として法律的に認めた州が11あります。

カリフォルニア/カンザス/メーン/ミネソタ/ネブラスカ/ニューメキシコ/オハイオ/オクラホマ/オレゴン/ワシントン/ウィスコンシン

背景は、いくつかのインディアン自治区が、当時チャリティ目的を限定に合法化しているビンゴゲームにおいて、その規制ルールを守らず行われていたため、州から告訴されたのですが、その自治区は公判で「州による禁止には従うが、規制そのものには従う必要が無い」という主張が認められました。

その後にインディアン自治区での賭博ルールを作り、1988年に「インディアン賭博規定法令(Indian Gaming Regulation Act)」が制定されました。
この法によって、州と自治区の間で事前協議した上で規制対象としないゲームを定め、インディアン自治区においてアメリカ先住部族がカジノを開くことが認められるようになりました。

この「インディアン賭博規定法令」と一般のカジノ公認の両方を法制化している州は18。「インディアン賭博規定法令」のみの11州と合わせて29州あります。

カナダ・アメリカFTAを背景にカナダでのカジノ法制化

【カナダ】

オンタリオ州/ケベック州/アルバータ州など、8州でカジノが法制化されています。
1980年代、アメリカとの自由貿易協定(FTA)締結により関税が非課税となったことでカジノ解禁となる大きな要因と云われています。

カナダの消費税は15%。アメリカで買ったものが課税されないことから自国より安いため、国境付近のカナダ人がアメリカへ買い物に行くようになり、国内消費需要が下がり、一時失業率が15%まで悪化しました。

関税収入が減ったことに加え、経済税収までが更に下がった事態に娯楽と観光による経済復興を掲げカジノ解禁と法制化に踏み切ったという背景です。
解禁当初は反対派も多かったのですが、カジノ解禁による経済効果と雇用増加効果を奏し、近年ではカジノ施設が更に増えてきています。

オンラインカジノの発祥地・事業拠点が多いラテンアメリカ

【カリブ海諸国】

メキシコ/コスタリカ/ホンジュラス/パナマ/バハマ/ハイチ/ブエルトリコ/ヴァージンアイランド/キュラソー/タークスカイコス/セントビンセント/ドミニカ/セントキッツ/セントマーチン/マルチニク/アルバ(オランダ領)/グアデループ/アンティグア/ボネール/

上記のカリブ海諸国では、税法上などの点からインターネットを使用したカジノ企業がオンラインカジノの経営拠点としています。

オンラインカジノ誕生は1994年。カリブ海に浮かぶ国アンティグア・バーブーダにてオンラインギャンブリングのライセンス発行に関する法律(FTPZ法)が制定され、この法律により政府認可を受けた企業がオンライン上(インターネット上)でカジノギャンブル事業を運営することが可能となりました。

しかしアメリカ合衆国等、法律でインターネットのギャンブルを禁止している国から利用した場合は違法となるため、オンラインカジノを解禁している国からの利用をターゲットとして運営しています。

【南アメリカ】

アルゼンチン/ベネズエラ/ウルグアイ/パラグアイ/ボリビア/コロンビア/エクアドル/スリナム/チリ/ペルー

但し、ブラジルは現在も非合法とされています。

アルゼンチンでは、政府公認カジノとして「船上カジノ・ブエノスアイレス」があり、且つドレスコードがありますが、ブエノスアイレス市街地では合法化されておらず、違法カジノが多数存在しています。

長い歴史を持つ国から現代へ発達した国がひしめくカジノ先進地域 ヨーロッパ

イギリス/フランス/ドイツ/オーストリア/ベルギー/モナコ/イタリア/ギリシャ/ジブラルタル/ポルトガル/スウェーデン/フィンランド/スロバキア/スロベニア/ユーゴスラビア/ラトビア/スペイン/オランダ/デンマーク/スイス/ルクセンブルグ/ブルガリア/北キプロス/エストニア/リトアニア/クロアチア/チェコ/トルコ/ハンガリー/マケドニア/モルドバ/マルタ/ロシア/ウクライナ/ポーランド/ルーマニア/

1960年代後半〜1970年代、スペイン・オランダ・オーストリアなどがカジノを合法化。
1991年にデンマーク、2000年スイスなどが合法化され、35カ国ものヨーロッパ地域の殆どで、それぞれ大小様々なカジノが行なわれ、いわゆるヨーロッパ

【イギリスが合法化した理由】

1960年に賭博に関する最初の法律が制定されました。合法化以前、それまでに当時無法状況にあった賭博における影響を、社会的視点・経済的視点などから、そのメリットやデメリットを調査した経緯がありました。それにより以下の見解にまとまり、カジノ合法化となりました。

■禁止を定めれば逆に犯罪を生む。
■適正な範囲を行えば、人格や家庭、社会へ大きな害悪になるとは考えにくい。
■故に賭博は適正な管理の下に認めるべき。

1968年「ギャンブリング・コミッション」というゲーミング・ボード・カジノ委員会が発足され、法制は強化していきました。
イギリスでのカジノは、賭博の管理を目的に「会員クラブ制」を軸に「48時間待ち会員登録制」「ドレスコード(服装規定)制定」「クラブ内アルコール提供禁止」「ゲーム台数や賭け金上限の厳格化」でカジノを適正に運用されるよう規制しています。
2001年の賭博に関する報告書で、この法律の制定は間違っていなかったことが確認されているほど、健全なカジノが運用されている事例と言えます。

参考:英国ギャンブリング・コミッション
http://www.gamblingcommission.gov.uk/

更に2003年からは諸外国に見られる「統合型リゾート」のような、レジャー型カジノを設立しようと、規制が大幅に緩和されてきています。

【ドイツ:州営・民営の併存】

18世紀後半から続く歴史と伝統を有しつつ、20世紀後半までは郊外の保養地のみでの営業という規制をしていました。
しかし1978年に都心部でも営業できるように法律改正され、ドイツでのカジノは更に発展しました。

管理面では認可制を摂っており、州政府毎で許認可を出します。経営は「州直営カジノ」と「民間経営カジノ」が存在し。いずれの運営であっても、粗利益の80%という高額税率で、その殆どが国の税収となりますが、州は「州営」の利益と「民営」の税収を得られ財政の助けとなっています。その税金は即日納入を義務付けています。

【フランス:高級リゾートしての法制規定】

1907年、保養地やリゾート地でのカジノを限定に基本的な法律が定められ、カジノを民間が運営するが許されました。
「入場料徴収」「ドレスコード」などを設け、利用の敷居を高くし、より上品な施設として運営されています。
言い換えれば富裕層向けのカジノ運営をすることで、賭博を管理していると考えます。

【オランダ:カジノの暗躍防止へ】

1976年に公営カジノとして法制化が始まりました。
当時、国内で乱立していた「違法カジノ」防止するためと言われていれ、ドレスコードでギャンブル利用者を制限しています。

【モナコ:税収・経済基盤の中核として】

19世紀後半当時、隣国のフランスが、当時、賭博を禁止だった事から、モナコの経済的な中核となり多大な税収源としてカジノを公営化していました。
その狙いは功を奏し、隣国フランスからをはじめ国内外からの多くの富裕層がモナコカジノを利用し、その当時の国家歳入の約9割がカジノによる収益となるほどでした。

現在はコンベンションやイベントを伴った「統合型リゾート」の地となり、カジノ運営は国営から民営へと移されました。
それによる経済効果は相乗し、カジノ税収以外での国家歳入を増すまでに至り、世界随一の統合型リゾートの地位を確立しました。
現在ではカジノによる国家歳入は5%未満。

アフリカ発展途上国にありながら、経済効果を見据えて多国が合法化

エジプト/モロッコ/チュニジア/エチオピア/コロモ/マダガスカル/モーリシャス/レユニオン/セイシェル/シェラネオーネ/カメルーン/コンゴ/ザイール/ガボン/ケニア/ウガンダ/ベナン/コートジボワール/ガンビア/タンザニア/ガーナ/ニジェール/ナイジェリア/トーゴ/ボツワナ/セネガル/ナミビア/スワジランド/レソト/南アフリカ/ジンバブエ/ザンビア/リベリア/ジプチ

アフリカ大陸では、20世紀に入り、1960年後半から1970年代に南アフリカ共和国・ケニア・セネガルなどが合法化されカジノは発達しました。
アフリカ諸国は発展途上国が殆どで、治安や政治情勢が不安定な国が多くありますが、カジノ利用観光客からの外貨獲得による経済効果を重要な国家の収入源と位置づけており、観光客などの利用者が安全にカジノ出来るよう、カジノ施設がある都市などでは政府が厳重な警備・治安監視を行っています。

アジアで歴史と伝統を誇り一組織独占経営で繁栄したマカオ

マカオのカジノの始まりの歴史は16世紀頃と言われています。
マカオへの移民労働者の間で賭博が流行り、当時は法統制などなく、胴元が賭博場を設け仕切っていたそうです。

1842年、イギリスへ割譲後に香港が貿易港となったことでマカオから香港への移民流出し、マカオは衰退。
その歯止めと税源の確保と産業多角化を狙い、当時のポルトガル・マカオ行政府が1847年に賭博産業を合法化したのが始まりです。
1850年代には公認賭博場(当時はファンタン(番攤)というゲームのみ)が200軒以上にも賑わい、19世紀後半には賭博による税収は政府歳入の大半を占めるまでに成長しました。

こういった背景から、マカオのカジノには比較的規制が少なく自由度が高いカジノ運営をしています。
1930年に「豪興公司」がマカオにて歴史上初となるカジノの独占営業権を獲得し、様々なカジノサービスが発展。その後の1937年、カジノ独占営業権の一社集中化を決定し、「泰興公司」が落札。「泰興公司」一組織によるカジノ産業が更に発展します。

1961年2月、第119代マカオ総督マルケス氏の提案により、マカオをカジノと観光業を軸に発展させる低税制地区とした「恒久ゲーミング特区」へ開放し、マカオ経済の大きな支えとなります。
泰興公司のカジノ独占営業権が1961年末に満了することを受け、同年7月に新法を公布し、1962年に賭博業の独占経営権を公開入札方式で、スタンレー・ホー氏らの組織が約300万香港ドルでカジノ業と富くじの独占経営権を獲得。以後、STDM(澳門旅遊娯楽有限公司)という一つの組織がマカオのギャンブルを独占していました。

一方では1980年代から1990年代末までには「馬車レース(競馬)」や「サッカーくじ」といったギャンブルを他社がライセンス取得し運営していました。
2001年、STDMの独占経営権満了に伴い、ゲーミング・観光サービス業を成長基軸とし、他産業の協調的発展を促すという政府方針に沿い、マカオカジノ業開放を目的に「ライセンス発給制度」「経営条件」「入札・落札企業の経営モデル」「株主や経営陣の資格」「ゲーミング税」などの主要原則規定する「娛樂場幸運博彩經營法律制度」を新たに法制化。

その後、具体的な参入要件等を明示した行政法規を定め、公開入札プログラムが規定され、「カジノ経営ライセンス第一回公開入札委員会」が発足。2002年、カジノ経営権入札により経営権がSTDMを含む最大3社まで増やされ、現在に至ります。

カジノオペレーターを公募・運営するカジノ法制オーストラリア

タスマニア島で1973年開設されたのが、オーストラリアでのカジノの始まりです。
1980年代、オーストラリアは観光客の急増に合わせて、カジノ統制法を制定され、各州が規制を決定し監理監督します。

州政府が掲げる都市計画「カジノ・マスタープラン」に基づきカジノオペレーターを国際的に公募し、公認運営社(経営者及び投資会社)を審査決定する方式を取っています。この方式は「オーストラリア方式」と呼ばれ、その後の各国で行なわれた様々なレジャー開発のモデルにもなっています。

それは、各州に独占的な経営権利を与えることで“州内でのカジノの拡散”、“過剰投資を防止”といった役目を果たすことができ、その州に税収増や雇用促進などの効果をもたらした実績があるからだと云われます。

カジノは現在120カ国以上で合法化されており、またカジノ施設建設中や法制化を進めている国は2015年現在で6カ国にも及んでいます。
国によって規制や管理内容は、それぞれに大きく異なりますが、世界で2000軒以上のカジノ施設が存在し、観光資源のひとつとして各国エリアで観光客導引の競争が行われています。

カジノの禁止・非合法な国

【アジア・中近東地域】

日本/ブータン/ブルネイ/モンゴル/ミャンマー/オマーン/カタール/パキスタン/スリランカ/バングラディッシュ/イラン/イラク/クウェート/サウジアラビア/アラブ首長国連邦/アフガニスタン/ヨルダン/リビアアラブ/イエメン/カザフスタン/キルギスタン/タジキスタン/トルクメニスタン/ウズベキスタン/アルメニア

【アフリカ】

中央アフリカ/ブルンジ/カーボベルテ/赤道ギニア/ギニアビサウ/ルワンダ/エリトリア/ギニア/マリ/マラウイ/モザンビーク/ソマリア/スーダン/タンザニア/サントメプリンシベ/ブルキナファソ/アルジェリア

【ヨーロッパ】

ベラルーシ/アルバニア/アイスランド/アイルランド/バチカン市国/アンドラ/リヒテンシュタイン/ノルウェー/サンマリノ/キプロス

【中央アメリカ・カリブ海地域】

バルバドス/キューバ/ドミニカ/エルサルバドル/グレナダ/グァテマラ/トリニダードトバコ/ベリーズ/マーシャル諸島

【オセアニア地域】

モルディブ/フィジー/キリバス/ミクロネシア/ナウル/パプアニューギニア/ツバル/西サモア

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